権力者とメディア間の緊張はある意味で健康なこと
5年半近くの小泉政権が間もなく終わろうとしておりますが、別名「小泉劇場」と呼ばれました。その劇場の舞台を提供したのはテレビでありますから、テレビは小泉政権の片棒を担いだという批判が激しく出ております。
しかし、事はそう簡単でなく、政治とテレビの間にこの間進んだ関係というのは、いわば本質的な抜き差しならぬ、ある意味では厄介な変化が起きております。そういう中で何よりも片棒を担がれた小泉さんが、そうは思っていないのは、お伝えしたニュースでご覧になった通りであります。
私、歴代の権力者というのを見てまいりましたが、大抵の権力者がメディアに対しては内心、不満、苛立ち、時には怒りを抱いておりまして、そういう感情が政権の末期になりますと、噴き出してくるということがよくあります。
一番有名な例は、佐藤栄作という首相が退任をする記者会見の時に記者たちを全部追い出して、テレビに向かってだけ喋るということをやったことがあります。
今度の小泉さんの苛立ちにもそれに似たようなところがあると思いますけれども、しかし、権力者とメディアの間で感情的な対立をするのは不毛でありますけれども、ある種の緊張関係があるということは、片棒担ぎを進めるよりは余程ましなことだと思います。そういう意味では、この緊張はある意味で健康なことだと受け止めたいと思っています。
末期症状はTBSでしょう。筑紫哲也自身がTBSは死んだと言って10年以上がたった。
にもかかわらず、死に体筑紫はNEWS23をニートの息子のために無様に醜態を晒し、TBSは悪質な不祥事を繰り返しても選民意識バリバリで世間をナメ腐りアッケラカンとしている。
TBSと筑紫哲也の存在自体が不毛であることに世間はうんざりしていることに筑紫哲也自身は気付いているのだろうか?
筑紫の基本はニューヨークの休日。
彼は世界にうんざりしている。
だから世界が彼にうんざりするのは当然。
彼に毒されるような人々は
やはりうんざり系。
放置しておくのが心身の健康のために
適切です。