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原爆で終戦早まる、「しょうがないな」と久間防衛相
久間防衛相は30日、千葉県柏市の麗沢大学で講演し、1945年8月に米国が広島と長崎に原子爆弾を投下したことで昭和戦争の終戦が早まったと指摘した上で、「間違えると北海道までソ連に占領されていた。原爆も落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、『あれで戦争が終わったんだ』という頭の整理でしょうがないなと思っている」と述べた。
米国に対しては、「勝ち戦と分かっているときに原爆まで使う必要があったのかという思いがするが、アメリカは恨んでいない。国際情勢や占領状態からすると、そういうことも選択としてあり得る」と語った。
久間氏は講演終了後、発言の真意について「当時の日本政府の判断が甘く、終戦が遅れるとソ連に占領されていた可能性があったことを指摘しただけだ。原爆を肯定したわけではない」と記者団に説明した。
(2007年6月30日19時3分 読売新聞)
ソ連の条約破棄、満州、樺太に不法侵略を始めたのが、長崎に原爆の落とされた8月9日。連合国のポツダム宣言を受け入れた8月15日にもソ連の侵略はやまず、8月18日には千島列島占守島において米軍の抗議も虚しくソ連の侵略が行われた。
日本は最後の頼みに条約を結んでいたソ連に講和の仲介を模索していた。ソ連に裏切られた日本にはもはや降伏以外に選ぶ道はなかっただろう。原爆投下はどさくさに紛れた実験とソ連に対する威嚇以外何者でもない。
原爆を落とすにしても事前警告、インフラを狙った攻撃でも充分効果があっただろう。
占守島攻防戦において皇軍は上陸軍を撃退、反転攻勢にかかるところで停戦命令を受け8月23日に武装解除に応じた。捕虜となった兵士達はシベリアに不法抑留されることになる。
皇軍の捨て身の前線のお陰で、400名の女子工員を本土に送り返すことが出来た。
スターリンは当初北海道までの侵略を予定していたが、占守島守備隊の鬼神の守りにより手こずってしまったため、日本本土侵略は諦めざるをえなかった。
しかし、ソ連の侵略は降伏文書調印の9月4日まで続けられ、満州、朝鮮、樺太、千島列島は蹂躙された。
原爆によってソ連の侵略を食い止めたなんてのは真っ赤な嘘。
ソ連の本土侵略を食い止めたのは日本自身だ
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